欧州版風評被害

ドイツを中心として、現在、野菜に対する”カイワレ大根”騒動が起きている。カイワレ大根は存在しないから、その名称を使うのはおかしいが、日本でおきたカイワレ騒動と全く似ている。

ドイツの場合、対象は最初スペイン産キュウリだった。5月初めに始まったこの騒動、結局生野菜全体に被害が及んでいる。それも原因が特定できないためだ。O151のように、出血性の下痢をおこすのだが、3000人ほどの患者が発生、そのうち30人が死亡したという。

その間、スペイン産のきゅうりはもちろんのこと、各国のキュウリからトマト、各種の生野菜が廃棄されたりした。
しかし、原因はキュウリではなかったようだ。ドイツの衛生当局は、モヤシなどの芽をださせて食べるものが原因らしいと言っている。

中華料理では、モヤシを生、もしくはさっと湯通しして、サラダとして供される。フランスでも、カロリーオフの食品として、女性はよくこのモヤシサラダを前菜でとる。
きっと中華レストランは真っ青になっていることだろう。

今回のE.coli(Escherichia coli)と呼ばれるバクテリアは、新型で強力な毒性を持っているという。

キュウリではないということがわかった時点で、閣僚などが、生のキュウリをかじってみせるというパーフォーマンスがあった。いつかみた光景だ。

スペインの農家への保障は行われるというが、いったん消費者が生野菜への不安を覚えると、消費が回復するのも時間がかかるかもしれない。

いづこも同じ風評被害、風評にのらないようにしたいけれど、やっぱり買い控えをしてしまう。

献血

今朝の村の広報で、献血の呼びかけがあった。「皆様の温かいご協力を」と呼びかけている。協力に異論はないのだが、私の年齢でも献血が可能かどうか、心配もあったので、結局、献血には参加しなかった。

20年前までは、積極的に献血をしていた。免許証の書き換えとか、どこか出かけた先で献血カーをみかけると、だいたい無視することはなかった。一つには献血によって、健康度チェックができた。献血に応じると、少量の血液採取がされ、すぐに血液型と濃度がチェックされる。女性の場合、濃度が足りない人が多いらしい。

濃度が不足すると、牛乳とクッキーをもらって、食生活を改善なさいね、なんて忠告をされ、帰ることになる。無事にパスすると、献血カーの中で、血を採取される。男性だと400cc、女性は200ccが普通だった。

最後のころには、広尾の日赤病院に付属した血液センターへ出かけていた。ここでは、血漿だけとって、血液を戻すやりかたもあって、400ccをすることもできた。

結局、何回献血したのか、忘れてしまったが、ある程度の回数になったのは間違いない。日赤から記念品がおくってきたことがあった。牌に感謝状みたいなことばが刻まれていた。

外国へ行くことになって、献血することはなくなった。フランスに滞在していたころ、イギリスで狂牛病が流行し、ヨーロッパにいたことのある人は、帰国から10年は献血ができないということだった。

献血していた最後のころには、HIV(エイズ)ヴィールスの保持者の問題もでてきていた。血液製剤からのエイズ患者の発生は、医療問題の中でも、重大で悲劇的だ。

フランスでもこの問題がでて、当時の担当閣僚などが弾劾されたが、司法はresponsable mais pas coupable(責任はあるが、有罪ではない)というものだった。

このごろは手術については、その前に自己血を準備するとか。献血された血液はどのように利用されるのだろうか。

今日の献血はパスしてしまったが、次回、日赤病院へ出かけた折、献血をトライしてみよう。

太陽熱利用

今日で菅政権1周年だそうだ。もう余命何日かと言われている現実、1年前には想像もしなかった。ご本人もそうだろう。ただ、菅氏はサミットには2回出席だという。

こう政権が変わると、世界に向けた公約、鳩山氏の”CO2、25%削減”と菅氏の”ソーラーエネルギー利用の1000万戸”はどうなるのだろう。

菅氏が今回のドーヴィルサミットで、1000万戸にソーラーパネルをつけて、太陽熱を利用すると大風呂敷を広げたということをきいて、びっくりした。日本全国に何戸の家屋があるのか知らないが、1000万戸となると、我が家もその1戸にあたるのではないか、と思った。

我が家はソーラーパネルはつけていない。寒冷地であることと、積雪もあるので、冬場にどれほどの熱量を得られるか、疑問だったからだ。また建築時は、別荘としての利用で、常住目的でなかったこともある。
村の中では、ソーラーパネルをつけた家もある。どういう利用をしているのか、温水だけを得るのかは知らない。

現在はソーラーパネルで、温水をつくり、それを循環させて、その熱を利用するというやり方のようだ。太陽熱利用を言い出したのは、やはり70年代のエネルギーショック以降のことだったと思う。当時はパネルより、太陽炉として、太陽光線を炉に集中させ、そこで発電するシステムだったように思う。
それを初めて聞いたのは、ピレネー山中のオデイヨという場所に造られた太陽炉だった。

日本でも同種の炉が作られたように聞いたことがあったが、どこだったか、記憶に残っていない。技術的にも、採算的にも問題が多かったようで、話題から消えていった。

1995年ころに、オデイヨを見学にいったが、実験炉としての形は残っていたが、現実に稼働はしていないということだった。

自然の恵みである太陽熱をエネルギー源として利用することに対し、賛成である。だから、菅氏の演説を聞いた時、1000万分の1になる覚悟はもった。初期費用がいくらになるのやら、耐用年数はどのくらいあるのか、これは我々高齢者にとっては大切だ。耐用年数が20年だと、生きている間はもつのかな?と思う。

でも取り付けるとなると、先に家屋の改築をしておいたほうがいいのかな?とか、考えるべき問題は多い。行動はスローだし、まだまだ、補助金とか決まるのを待ってのことだから、先の話ではあるけれど。


新語収録

今朝(6月7日)のフランス2のニュースで、Petit Robertというフランス語の辞書の新版に、とりいれられた新語のことに触れていた。
いくつか例で示していたが、コンポステール、ゼゼブラ、トゥイッテール、e-learning、マッチャなどがあった。コンポステールは、エコ時代に、コンポストで生ごみから腐葉土を作るという動詞、トゥイッテールもトゥッターをするという動詞だ。
ゼゼブラは、南アフリカでサッカーのワールドカップが開催されたとき、南アの人々が吹いた楽器のことである。
e-learningについては、ウィキペディアなどを利用して、ITで学ぶ作業を言っているのだろう。マッチャ(抹茶)は、日本や中国のお茶が流行しているので、その結果だと思う。

新語というのは、その場にいると、流行している現実を承知しているから、理解できるが、離れているとなかなかついていけないものである。
現場にいてもわからないことばは多い。若いひとたちの言葉は特にそうだ。先日、金田一先生は、「言葉が乱れているのではなく、変化しているのだ」とおっしゃっていた。

このごろ、よく耳にして、意味がわからないわけではないが、使いきれないことばに、「ざっくり」とか「ゆるい」といった言葉がある。「ざっくり説明すると」とか「ざっくり言えば」というような使い方だが、「大雑把に」とではいけないだろうか。

「ナウ」という表現もふーんと思う一つだ。携帯のメールで「今どこにいる」というのを場所とナウとすれば、本当に簡単にちがいない。
携帯用語はひとつの新しい言語を作り出している。私が携帯でメールを利用しないので、それに乗れないでいるのだが、そのうちに普通の言語のなかにも取り入れられてくることだろう。

新語は話し言葉の中で生まれ、書き言葉へと流れていくから、いましばらくは書き言葉では混乱しなくてもすみそうだが、どのくらいの猶予期間があるのか、世の中、スピーディだからうかうかはできない。

桐生に行きました

群馬県の桐生市を訪れました。同県とはいえ、かたや長野県に隣接する場所から、栃木県に近い桐生まで、片道3時間のドライブでした。初めての訪問です。

おひるごはんをすませ、桐生駅の観光案内所へと行きました。そこで観光スポットを教えてもらうためです。いろんなパンフレットがおいてあります。「桐生市・みどり市広域観光マップ」「桐生ガイドマップ」「「桐生ガイドブック」「桐生本町1・2丁目まち歩きマップ」など、よくできた資料がそろっています。

案内所にいた方が、地図を広げて、みどころを丁寧に教えてくださいます。土地勘のない私たちの反応に業をにやして、「一人500円の案内料で案内しているのだけど」ということ。早速、現地の案内をお願いしました。

「のこぎり屋根めぐり」コースを歩くことにしました。1時間から1時間半くらいの所要時間だそうです。久しぶりの好天で、日差しがまばゆく、その強さに歩くのかーとちょっとひけています。

桐生天満宮からスタートすることになりました。ここは徳川家康が桐生の布を軍旗として、戦勝祈願をし、勝利を得たという、縁起のいい神社だそうです。パワーにあふれた場所ということ。暑さにうだった身に、パワーをくださいとお願いします。

次いで、お隣にある郡代工学部同窓記念会館、大正5年に竣工された桐生高等染色学校の講堂だった建物だそうです。大正ロマンあふれる建物で、淡い若緑の外観が当時の気概を示しています。この建物では、以前、ダンスパーティが行われていたそうです。なんだか生き生きした気分になります。

これからのこぎり屋根が続きます。レンガ造りののこぎり屋根、大正時代にはめずらしい鉄筋コンクリートののこぎり屋根、大谷石作りののこぎり屋根、などをみていきます。ついでにそれにくっついた住宅をのぞきます。立派なお庭がついています。

最後は現在も織機を動かしている工場を拝見しました。機械が数台あるのに、動かすのは一人だけ。機械化が進んでいます。金襴の糸を使った全国各地の寺社仏閣のお守り袋用の生地、帯地、袋用の生地など、昔ながらの柄のもので、なつかしくなります。
端切れを売っているというので、数枚購入しました。なんだか手仕事をしたくなるのです。

観光の最後は、レンガののこぎり屋根を利用している「レンガ」というベーカリーでのティータイムです。

桐生の見物はそれで終了させましたが、いたるところで、屋根にブルーシートがかかっていました。3月11日の地震では、震度6弱あったそうです。相当のダメージをうけたらしいのですが、現実にそのブルーシートをみるまでは承知していませんでした。

あまりに今回の地震は被害がありすぎて、全部を報道しきれていないのです。報道されないから、被害がなかったわけではありません。

ウナギとお寿司のお店が多いことも発見でした。織物で景気がよかった時代の名残だそうです。次回の訪問ではウナギにするか、寿司にするか、が課題になりました。

同性の結婚

フランスのニュースをみていたら、6月4日に女性同士の婚姻が行われたという記事をみつけた。フランス初のレズビアンの結婚という。

フランスではまだ同性の結婚は認められていない。以前、男性同士の結婚が行われたが、結局、認められなかった。

このレズの結婚はどうだったのだろうか。これが認められたのだ。というのも、一人は、元男性で、性転換手術を行い、女性になったものの、戸籍上では男性のままだったのだ。生まれた時はステファン、女性になってステファニーと名前を変えた。

フランスでも性転換をする人はいる。その手術を受けると、関連の書類を提出し、戸籍の変更を願い出ることになる。
この婚姻の片方の女性は、男性として生まれ、女性に性転換をしたものの、書類の提出を拒み、戸籍での変更が認められなかった。したがって、男性と女性の結婚ということで、可能になったのだ。

このような形での結婚は、フランスでは初めてのケースという。ステファニー曰くに、戸籍を変えられなかったのは、差別であったが、この差別が今回は幸いしたという。

この場合、戸籍を直していなかったが故、あるいは性転換をした人だったからこそ可能になったケースだが、本来であれば、性が同じであっても、結婚は認められるべきではないだろうか。日本でもいつか問題となりそうだ。
日本では性転換をした人でも、異性間となれば、結婚は可能である。

民法では親権を単独から共同親権にという動き、生殖技術の発達から母親をだれにするかの問題、各種の問題が解決を待っている。政争にあけくれるときではない。

信任・不信任

政治の動きがわからない。不信任案が通過するかと思ったら、民主党の代議士会で、菅総理が「目途をつけたら、若手に責任をうけもってもらう」といった表現が、退陣の意思表明ととられた。

それは代議士会の前に、鳩山前首相と現首相たる菅さんが話し合って、覚書にしたらしいが、辞任やいつ、という具体的な表現がなかったので、菅さんはそれを逆手にとって、居直りをきめたらしい。

退陣の意思が表明されたというので、民主党のほとんどが不信任案に反対し、この案は否決された。
菅さんは、目途をつけたら、という表現だけを繰り返し、いつまでにとは言わない。菅総理の作戦勝ちかとおもっていたら、やっぱり、反対勢力がおさまらず、野党は多数を占める参議院で問責決議案を出すというし、民主党も代表としての菅さんをやめさせるようにするという。

政治番組をみていると、不信任案が否決されたからといって、信任されたわけではない、という政治家がいた。小沢さんに近い人だったと思うが、そんなものかと思う。それなら、民主党として内閣信任案を出すことはできなかったのだろうか。

フランスでは信任投票という手段がときどきとられる。これは政府が、予算や関連法案、あるいは野党との妥協が難しい法案があるとき、政府を信任するという動議を出し、これが通れば、法案も一括して承認されたというやり方だ。

私の印象では、不信任案が否決された段階で、菅さんはそれなりの権力を回復したと思ったのだが、そうではないらしい。結局、8月までには辞任せざるを得ないらしい。ということはあと2カ月で何ができるのだろうか。
目途がついたと言えるような成果があげられるのだろうか。

「私はなんだったのでしょうね」という言葉が、今年の流行語になるだろうという。これを発言した人2人、原子力会議の斑目氏、そして鳩山前首相に、だれもが、「無用の存在だったのですよ」と言いたいのではないだろうか。

いっそ国会議員を一人一人、信任か、不信任か、やりたいものだ。ということは総選挙。それがもっとも復興をスピーディに有効にする方法かもしれない、と思う昨日今日だ。

スーパークールビズ

6月1日、衣替えの日だった。冬服から夏服に変わる。ところが、気温が低くて、つれあいは、もう一度冬の服を出してくれといってくる。ゴールデン・ウィークのころの暑い日に、夏服に大部分を入れ替えていたからだ。

首都東京では、寒くても、この日から夏モードに変えた人々がいた。環境省のお役人さんたちだ。また、市町村役場の役人さんたちも、節電ムードから、一挙にクールビズスタイルに変えられたようだった。

役所が公認するクールビズは、ワイシャツにノーネクタイスタイルのほか、ポロシャツ、アロハシャツなどもはいるそうだ。スーパークールビスというのもある。短パン可という。

環境大臣は、涼しそうなアロハなのだろうか、模様のはいったゆったりしたシャツをはおって、今日の記者会見に出られた。環境省は、全役人の範となるべく、大臣からクールビズ率先着用だ。

南仏は暑かった。冷房のある場所は限られていて、ほとんどは日中は木陰、夜は野外でなるべく長時間をすごして暑さをやりすごした。
みなさん、軽装だった。老若男女、Tシャツ、それも露出度の高いものだし、女性はプロヴァンスのプリントのスカートやバミューダ、男性も短パン姿をよく見かけた。

もちろん、いかめしい職場や、責任ある立場のひとたちはそんなに軽装ではなかったが、全般的にそのまま海岸に行ってもおかしくないような服装の人たちが多かった。そしてそれがそんなにおかしく感じなかった。南仏にいるという場所柄からだったろうか。

そんな意識で、日本のクールビズを好意的にみるつもりなのだが、日本人はあまりに窮屈なビジネススタイルに慣れすぎていたのか、まだしっくりこない。あまりにラフにしすぎているという印象もある。
できれば、梅雨前は、せめて、ワイシャツ(半そで)にノーネクタイかポロシャツのようなかっちりした襟のあるものを着用し、薄手の生地でできたシャツは、梅雨明け後にするといったセンスはないものだろうか。

昨年、女性の間では、冷房がいきすぎた中で、首にまく薄いスカーフのようなものが流行したが、今年はそれはお蔵入りだろうか。

茶番

今日の国会は全くの茶番だった。民主党の代議士会で、菅総理が挨拶をしていると、内容をきちんとつかめないうちに、NHKは、ある時期に退陣することを表明、とテロップをいれてくる。そうなのか、退陣を表明したのか、と思うが、なんだかはっきりしない表現を使っている。

若い人にあとを託したい、みたいな表現を使っているが、そうすると、小沢ではなく、現在の重要ポストにいる人は除外されるのかな?、でも後継者の範囲を菅さんが一人で決められるわけでもないでしょうに、と独りよがりの発言だなという印象をもつ。

それに一定のめどができたときに、というが、目途をどこにおくかは、主観で異なるではないか。大震災はある程度、被災者の生活が落ち着いたらというところで、目途がわかるかもしれないが、原発はどうなのだろう。
現状でみれば、収束の目途がつくとは思えない。だんだん悪くなっているようだ。

不信任案が否決されて、鳩山さんは、6月末あたりに辞任があるだろうと言われたらしいが、それでは目途なんてついてはいない。
菅さんの立場でいえば、これまで東電にはっぱをかけていたものが、ゆっくりでいいよ、と言うかもしれない。

原発の収束、財源、なんだかんだでまたがたがたやっているうちに、大雨や台風といった自然災害、新たな地震、何が起きるかわからない。飛行機が落ちるかもしれない。

政治家ってどこまで当事者意識をもってくれるのだろうか。応援します、そんな言葉がこのごろ浮いて聞こえる。応援というのは、直接参加していない人がすることだ。好きなだけ、好きに、できることだ。当事者はそんな、好きな時に、好きなだけ、好きになんて言っていられない。

不信任案に賛成した人は、菅さんでは復興ができないと口をそろえて言うが、誰ならできるのだろうか。なんだか論理的ではなく、菅憎しや、anyone but Kan的な言い方だが、そんな無責任な、と思う。誰なら、どのように、いつまでに復興させられるという、それこそ「目途」がつかなければ、総理大臣をそう簡単に変えることは適切ではない。

でもこれだけ嫌われる菅さん、どんな人なのだろう。私は彼が国会議員になったばかりのころ、フランス大使館のレセプシオンで会ったことがあるが、まだ新人の頃とて、とてもフレッシュで、国会議員という雰囲気はなかった。謙虚でもあった。好感をもったけれど、それも30年も前のことである。

モナコ大公の結婚

モナコ大公アルベール2世が結婚されるそうだ。お相手はCharlene Wittstockという女性らしい。7月1日に民事上の結婚(mariage civil)、翌7月2日に宗教上の結婚式を挙げられる。

モナコ公国(Principaute de Monaco)は、フレンチ・リビエラに位置する。風光明媚な景色と、カジノを主とした観光収入で、国民の所得税がないことで有名だ。

マルセイユに住んでいた時、数回訪問した。しかし、当時のレニエ大公にお目にかかる機会はなかったし、3人のお子さんたちに会うこともなかった。当時は、長女のカロリーヌ王女や次女のステファニー王女が、社交話題の中心で、アルベール殿下の出る幕はあまりなかった。

数年前、大スキャンダルの中心人物になったことがある。セネガルだったと思うが、アフリカ系の女性とのあいだに子供が生まれ、その子を認知したことが、パリマッチなどに掲載されたのだ。
彼は、この子が彼の子であることを認めたが、母親と結婚することはないし、公国の継承権は与えないということだった。

アルベール殿下の母親は有名なグレース・ケリーである。周囲のいろんなスキャンダルに苦しみながら、モナコ公妃として、人気があったが、ステファニー王女の運転する車での事故で、悲運な死をとげられた。
姉・妹の派手さに隠れて、あまり出番のなかったアルベール殿下だったが、隠し子騒動にはびっくりだった。

そのアルベール殿下が結婚されるというのはいささか驚きだ。お相手の女性のことをまだ知らない。隠し子(もう公表されているのだから隠し子にはならないだろうが)の存在はどうなるのだろうか。

いろいろ考えさせられるロイヤル・ウェディングだ。

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