前橋競輪

前橋への出勤ルートの最後のところに、おおきなドームがある。最初はなんだかわからなかったが、いつか、仕事仲間が競輪場であることを教えてくれた。
そうしてみると、ときどき、国体ロードという利根川沿いの道路わきにある、広い場所に車がたくさん止まっていることがある。車の出入りをコントロールする人もいる。

入り口には開催中というカンバンがたっている。ときどき、なんとか杯という名前付きのものもある。親王杯というのすらあるのだ。

私は競輪、競馬、競艇が大嫌いだ。賭けごとすべてがきらいだ。こういった賭けごとは、自分がするのではなく、選手や騎手が汗をかく。こちらがするのは、予想してお金をかけるだけだ。
そういう意味で、株式投資を含めた投資、パチンコなどもきらいなものだ。

株式など、自分が汗水たらして作った会社ならともかく、知らない人が作って、知らない人が働いている会社に、自分のお金を託するなんて、とんでもないと思っている。こんな考え方は、現代的ではないらしいが。

石原都知事などは、東京にカジノを建設しようと提案していらした。これも反対だ。カジノを作ると、相当の雇用が生まれ、経済効果や利益が大きいという。雇用の経済効果はともかく、カジノであがる利益といえば、そのほとんどがてら銭とよばれるようなものではないか。虚業の最たるものである。

今回の大震災で、実業はともかく、サービス業が衰退するのは、やむを得ないと思っている。第一次産業と第二次産業は、実業として、国の基幹をなすものだから、衰退されては困るけれど、観光や飲食は、実業が栄えた結果の産物なのだから、少しタイムラグがでるのは仕方ないと思う。

と言いつつ、人生うん十年のなかで、4回カジノに行ったことがある。2回はモナコのモンテカルロ、1回はマカオ、1回がエジプトのカイロだ。自分で行ったのは、モナコが1回、マカオである。観光のつもりでいった。モナコでは稼いだが、残りのカジノは、するか、同行した人たちが賭けるのをみていただけだ。

ラスベガスは楽しいところよ、と経験者は語るが、賭けるという行為が心にブレーキをかけるのか、行く気になれない。

どうもこつこつ、畑の草取りに励み、自家自産で、小額ながら倹約していくほうが、わが身にかなっているようだ。

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