雪が降りました

昨夜から雪が降っていましたが、今朝起きてみれば、あたり一面真っ白。今年初めての本格的雪景色です。それを賞でるより先に、ベランダと玄関から道路へ下りる階段の雪かきがあります。

BBCとF2のニュースをみていると、両国も大雪で大混乱のようです。パリ近郊に住む友人は、帰宅できず、オフィスに泊まったとか。交通も物流もずたずたになっているようです。パリはあまり雪が降らないと言うけれど、ほとんどの車が冬タイヤに変えていないというのにはびっくりします。

南のマルセイユあたりでも、緯度からいえば北海道の函館あたりになるのだから、パリはもっと北に位置するはず。それなのに、冬でもタイヤを変えないとは。ロワール川近く、ブロワに住む友人もタイヤを変えないままだから、雪が降ると、にっちもさっちもいかなくなると言っていた。

東京にいた時はそういえば冬タイヤに変えるなんて考えもしなかった。この寒冷地に住むようになって、11月から4月までの半年は冬タイヤをはくようになったのだ。

今朝の運転は、初の雪道とてこわいものだった。日陰は凍り、交通量が多いところはシャーベット状になっている。新雪の部分はきゅと締まって運転はこわくはないが、深いところはわだちができているので、軌道を変えるのが大変なこともある。

無事に一日をすごしたあとは、雪見酒といこう。


アイロンかけ

洗濯ものが乾いたら、次はアイロンかけが待っている。これも電気が通っていることが前提だが。
パリの寄宿先のお手伝いさん、火曜日に洗濯、木曜日はアイロンかけの日だ。台所のテーブルにネルと木綿の布を敷く。これがアイロン台になる。スチームアイロンにいれる水、以前は冷蔵庫についた氷をとかして使っていた。蒸留水に相当するのだそうだ。今は市販の蒸留水を使っている。パリの水道は、石灰分が多いので、スチームの吹き出し口がつまってしまうので、水道水は使えないのだ。

ノーアイロンとわかっているもの以外はすべてアイロンをかける。シーツ類、タオル類、下着、彼女のアイロンかけがすんだものは、まるで新品のようにみえる。いつも見学しているが、たいしてこれはというかけかたではない。それなのに、仕上がったものをみると、ぴしっとなっている。

フランスではアイロンかけは大切な家事の一つだ。私も見習わなければと、日本に帰って、しばらくはすべてアイロンをかけていた。やっていられない。毎日洗濯、すなわち毎日アイロンかけの仕事がある。最初にシーツ、次にタオル類、そして下着のアイロンかけをやめることにした。


つれあいはそれが不満だった。「そんなにおいやですか?」と聞いてきた。「いやです。どうしてもアイロンがかかったものをきたかったら、ご自分でどうぞ」と返事した。それ以来、我が家は下着にアイロンはかかっていない。

アフリカではアイロンかけは必需である。殺虫の意味もあるからだ。電気のあまりないところで、アイロンのかかっているものを着る。贅沢な生活だった。

洗濯日和(4)

アフリカでの洗濯体験を書いたが、現地の人のやりかたを書いたわけではない。現地の人たちは、洗濯をどういうふうにしていただろうか。

もう帰国して10年以上たつので、さだかな記憶がなくなった。まず、出かけてもあまり洗濯ものをみかけない。近くにあった大病院の庭では、芝生の上に大きな洗濯ものが干してあった。ここでは洗濯ものを草の上に広げて干すのか、と感心したことがある。

ここでは洗濯は贅沢な仕事だ。停電が頻発することより、各戸に水道がはいっていないことを考えるべきだ。20戸から30戸に1個の水道蛇口がある。そこから水汲みをしている状態だ。水を汲むためのバケツも満足にもっていない。

世界でも有数の大河のそばにあるこの都市において、こんなに水に苦労するとは。また雨季には浸水するほどの降水量があるというのに。

洗濯をする、ということは着替えを持っているということでもある。洗濯をして干している間に盗まれることも考えにいれておく必要がある。洗濯が家事としてできる家庭は、それなりの生活程度があるということになる。

石鹸も貴重品だ。一度石鹸工場を見学した。川の上流からヤシの油が運ばれる。それを使って石鹸が作られるのだ。手作りの石鹸のように、まだ油が残った感じがする。石鹸分がなかなかとれず、合成洗剤になれたものには、ちょっとしつこい。

しかし考えてみると、まったくのビオの石鹸だ。テレビでは鶏印の石鹸がよく宣伝されていた。衣服の洗濯にも、洗車にも使われる。汚れ落としに苦労している妻に、夫が鶏しるしの石鹸を持ち帰る。おどろくべき洗浄力に、妻は夫に感謝するというほほえましいシーンが楽しかった。

それにしても洗濯が贅沢とは!!毎日の洗濯ができることを感謝しなければ。

洗濯日和(3)

アフリカの洗濯事情を思い出している。自分で洗濯をしたわけではない。家事を手伝ってくれる人がいたので、その人にまかせていた。

問題は3つあった。水、電気、天気である。水は水道でも濁っており、これできれいになるものか、疑問をもっていたが、ほかにかわるものがないので、あきらめの心情だった。それぷらす断水があった。そんなに長期の断水ではなかったが、しばしば起きた。

電気、これが一番問題だった。停電は長く、頻繁におきた。これもあきらめの心境で電気が回復するのを待たざるを得ない。半年後、発電機がついて、一応、電気の問題は解決した。

3番目のお天気、これはなんとも仕方ない。赤道直下に近い熱帯、湿度が高く、灼熱の太陽のもとに干しても、芯の部分に湿り気が残った感じがしていた。乾季であれ、雨季であれ、スコールがくることもあり、外に干すのはあまりおすすめではない。また外に干していると、虫が卵をうみつけたり、なにかと危険があるというので、発電機がはいると同時に乾燥機も設置して、天気に左右されなくなった。


洗濯ものをもっていき、午後おそくにアイロンをかけた形で届けられる。それをチェックしてしまうのが私の仕事である。出したものが戻っているか、チェックをしないと、なくなっていくのだ。それはソックスが片方だけになったり、いろんな形で起きる。
週末など、数日分を一度に出したとき、いろんな家事があって、アイロンをかけきれなかったときなど、確認をしておかねばならない。

今なら、そんなことに気を使うより、もっと大きなことに気持ちと時間を振り向ければよかったのに、と思うが、アフリカにいたとき、食べること、衛生面、そして洗濯や掃除、身の回りの小さいことで精いっぱいだったことが思い出される。

洗濯日和(2)

毎日洗濯をしなければ気がすまない、という強迫観念はいつ植え付けられたのだろう。また毎日下着を換えるのも、清潔でいなければならないと、いつの間にか身についてしまった観念のように思う。

若いころは代謝がさかんだから、毎日着替えなければ気持ち悪かったし、年齢を重ねた今は、加齢臭といったことを気にしている。

ポーランド出身の男性は、シーツは上下を変え、かつ裏返しして使うことで、20日は変えなくていいよ、と言っていたし、ソックスも2日はき、また裏返しして2日はく、とのことだった。ほかのものも、これと同じ扱いだったのだろう。

洗濯は長期の外国旅行ではけっこう大変な問題だ。ホテルに連泊する場合は、バスルームに干すとか、冬場はラジエーターの上に干しておくことも可能だ。

しかし知人宅に泊まり、専用のバスルームがないと干す場所がない。長期の場合、荷物も多くなるから、途中で洗濯は必要だ。


今日、洗濯を干していたら、すごい勢いで飛んできた五十雀が窓ガラスに激突した。昨日の好天に、窓ガラスをふいたので、鳥がガラスに気がつかなかったのだろう。
脳震盪を起こしたようで、ベランダの上に倒れている。じっと見守っていると、横たわっていたのが、少しずつ体を動かし、まっすぐになった。

それでも動かない。ヤマガラは手から餌を食べるが、五十雀は警戒心が強く、餌台にも瞬間的にしかいない。これはチャンスと、手にとまらせると、じっとそのままにしている。

つれあいが写真をとってくれる。その瞬間、最後っ屁ではないが、糞を3発して、飛び去った。糞は私のセーターにしっかりしみを残した。

洗濯日和

冬の好天気は洗濯日和だ。しかし寒冷地では、気温がマイナスだと、外には干せない。干したとたんバリバリに凍ってしまう。

今日はそんなことはない。8時ごろにはあたたかな日差しがさしていた。そんな日は幸せを感じる。なんせ毎日の洗濯、毎日乾いて、畳んで、しまわないと気がすまない。

ところで、フランスではそんなに洗濯をしない。私がフランスの家族として、親しくしている家庭だけだろうか。この家には6キロを洗う洗濯機がある。ドラム式でもない、中にもうひとつ容器がある。その中に洗濯ものをいれていくが、6キロになるまで洗濯をしない。

いつになったら6キロになるのか。日本人のように、下着やシャツなどを毎日変え、シーツ(上下2枚)やパジャマを1週間ごと変え、テーブルクロス、ナプキンなどを考えると、毎日してもおかしくない。しかし、彼らはそうは洗濯ものを出さない。

 下着やシャツはどのくらいの頻度で変えているのだろう。シーツは2週間に1度くらいらしい。テーブルクロスやナプキンは、お客を迎えたり、普段のものも食べ物を落として汚れがつくと洗っている。

 毎日の着替えになれていると、たまっていく洗濯ものが気になってしかたない。午前中だけくるスペイン人のお手伝いさんに、洗濯機をまわして、と頼むが、この家は火曜日にしかまわさない、とすげなく断られる。仕方なく、下着の類は手洗いする。

 洗濯の回数が少ないのは、どうも年配者の家庭の現象らしい。水の浪費を嫌っているのは確かだ。

 火曜日に洗濯したのち、台所に部屋干しだ。木曜日あたりが、アイロンかけの日。

 アイロンかけについては、また明日。

 

サント・バルブの祝日

12月4日はサント・バルブの祝日である。バルブ聖人とはどんな聖人なのか、それは知らない。しかし、この日、麦かレンズ豆の種を、水で湿らせたコットンに蒔く。降誕祭までの日々、コットンが乾かないように、注意深く面倒をみて、これらの種が芽を出し、成長していくようにする。

麦はキリスト教にとって、死と復活のシンボルである。(一粒の麦、もし死なずば。。。)
したがって、麦の青い芽をクリスマスの飾りとして用いるのは、キリスト教徒としては自然なことである。

12月4日に蒔くと、24日あたりにちょうど15センチから20センチほどにのび、若々しい生命感のある生きた飾りができる。これをクレーシュやサイドテーブルなどにおいておく。

麦かレンズ豆のどちらが正しいかといえば、きっと麦なのだろうが、レンズ豆のほうがやさしいし、芽の伸び具合がちょうどいいようだ。風知草のような感じになる。

レンズ豆のスープを飲みたくなった。

リンゴ

10月22日、上田のリンゴ祭りに出かけた時、たくさんのリンゴを買ってきた。リンゴ大好き人間のつれあいが買い込んだのだ。

それ以来、その他の果物を買うことなく、連日、朝、昼、夕と食事のあとはリンゴがデザートとなる。

信州のリンゴを食べながら、口に出てくるのは
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎を我にあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかた

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

このころの林檎は品種はなんだろう。林檎畑に踏み込んで、「李下に冠をたださず」のいわれを思い出さなかったのだろうか、などと、無粋なことを考えている。

常用漢字

昨日、新たに常用漢字196文字が追加された。これは別に漢字の形を変えるわけではないから、いいのだけれど、はたして、これだけの漢字を書けたっけと自分でテストしてみる。

難しい、字画の多い字も加えられている。鬱病の鬱もそうだが、パソコンで容易に出るからというのが、その理由だそうだ。

一言文句を言いたい。パソコンの辞書は、とても偏りがある。ぴたりとでることもあるが、1字ずつの変換になって、ほしい漢字熟語がでないことが多いのだ。ここでどの文字とはいえないけれど、本当に苦労することがある。

登録すればいいというけれど、登録の作業も面倒な人間なのだ。登録のために正しい漢字をだすこともできない。

このごろ、漢字ナンクロにこっている。漢字を忘れてしまったことには自分ながらがっかりしている。活字の大きい漢和辞典、必需品になった。

機密漏洩

このところ、中国漁船衝突のDVD, アメリカ国務省の機密、警視庁公安の資料、などが漏洩しているニュースが続いている。

ITに弱い私、英語に弱い私にとって、漏洩したものを直接見ることはないが、テレビや新聞で報道されると、漏洩された事実だけでも知ることができる。

その昔、ある外国機関の情報部に勤務していたことがある。情報部といっているけど、本当は諜報部なのよ、と友人に話したら、本気にされたことがあった。おまけで、くの一要員として採用されたの、と付け加えたことで、冗談だということがばれたのだが。そののち、広報部と呼び名をかえたので、そんな誤解もなくなった。

当時は、それこそジェームズ・ボンド式のスパイが最先端だった。つまり敵地に乗り込んだり、機密資料そのもの、あるいは小型カメラで写し取る、マイクロチップにする、といった形で盗むのだ。そんなアナログ時代のスパイに慣れた身には、現在の機密漏えいについていけない。

インターネットに公開された機密資料の真偽はどのような形で確認されるのだろう。ごく一部を変更された場合など、確認されず、そのまま信じられるとすれば、情報操作として、きわめて危険なやりかたになる。

どんな形で結末がつくのか、見守っている。

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