老後の生活再考

山中の陋屋に隠遁生活を送るようになって早7年たった。寒い冬は家の中にこもり、ほぼ冬眠生活を送り、5月から少しの土地に野菜を作って、自給自足には遠いけれど、自産自消でまかなっている。

一応健康にも恵まれ、自然を満喫し、少しの農作業で汗をかき、晴耕雨読ならぬ晴耕・晴ゴルフプラス雨PCの生活に満足していた。経済的には年金を夫婦でもらえるようになり、贅沢をしなければ、年金だけでも生活できるようになった。

我々は老中生活だと言っていたが、このまま老後の生活も続けていけそうだと思っていた。預貯金はなくても、年金が保障されていれば、死ぬまで安泰と思い込んでいた。

ところが、今回の大震災で、我々の生活プランは覆された。一挙に全てを失ってしまう可能性があることに気付いたのだ。気付かされたのだ。家から何から、全てを失った人、家は残っていても中身がなくなったり、全壊・半壊、壊れて住めなくなった人、年齢は問わない、若い人であれ、老人であれ、そんな状況になっている。

そんな状況に陥ったと考えてみよう。大災害であれば、国や行政の支援があるかもしれない。しかし、今もみているように、遅いし、一部の支援に終わりそうだ。あまり期待できない。

自助努力が必要だ。家一軒が失われた場合、財力がなければ、老人は立て直すことができない。ローンを組めない。仕事は退職しているから、もともとない。収入は年金だけだ。60歳そこそこなら、まだ年金でのローンも可能かもしれないが、後期高齢者もいる夫婦では、とても無理だろう。

そうなると、やはり預貯金が必要になる。これはこれまでの予定になかったことだ。いくら必要なのだろう。
家を一軒立て直すにはいくら必要なのだろう。1000万円か、1500万円、2000万円、なんだか気が遠くなってきた。

プラス、後期高齢者のほうに、健康不安がでてきた。医療費の問題もある。暗いエレメントばかりがでてくる。バラ色の老後のはずだったのに、と思いつつ、現実に、直面なさっている被災者の方に比べて、これから準備ができる余裕を持っていることを感謝している。

それにしても、選挙では簡単に「安心・安全の生活をお約束します」と言っている候補者諸君、本当にできるのですか?
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