古きを温ねて

連日書いているこの90歳のご夫婦は、今年の9月に結婚60年を迎えるそうだ。エリザベス女王の戴冠60年と同じ、”ダイヤモンド・ジュビリー”である。
このご夫婦、実に保守的である。変化ということばが辞書にないのではないかと思うほどだ。

住まいは築40年以上のマンション、といっても日本でいう5階建て、2階から5階までは一つの階に1所帯という、つまりペントハウスになっている。1階には、各階の世帯の女中部屋(パリ市中の屋根裏部屋に相当)と管理人の住まい、それに単身者の住まいがある。
今回、外側に工事の足場が組んであった。外装工事をしている。これが建築から初めての外装工事なのだそうだ。代父にいわせると、不要の工事なのだという。日本であれば、10年なり15年に一度は壁のチェックや塗り直しをしますよ、と言うと、パリには地震がないから大丈夫だと言う。

知り合って30年以上を経過しているが、最初の訪問・滞在から、この家の中がちっとも変化していないのだ。だからあたかも昨日もきていたような、なつかしさや慣れを感じさせてくれる。
サロンにある家具は、すべてが代父の言に従えば”骨董のもの”という。椅子など、それぞれに職人のサインがはいっている。私の部屋にある、小さな藤が編まれた、壊れかかったと私が思っている椅子も貴重な「骨董品」なのだという。

あらゆる家具が年代物、使い勝手など二の次である。電気製品ですら、年代物が尊重されていた。冷蔵庫はつい2年前に来た時まで、40年以上使い込まれたウウェスティング社製のもので、扉が閉まらず、裏側から太いゴムをまわして閉めていた。冷凍装置はなく、製氷装置だけはあった。いつも庫内には氷ができ、その氷を溶かしては、それをスチームアイロン用に使っていた。

どんな事情があったのか、今回、新しい冷蔵庫にかわっていた。この家では、20年くらいのものはpas vieux(そんなに古くない)で、10年ものはtout recent(最近買ったのよ)である。
そんな調子だから、私の滞在中、食洗機(10年以上はたつ)、フリーザー(10年以内かも)、ガスオーヴン(15年ほど)、ガス台(年齢不詳)などがほぼ同時期に故障した。代母曰く、「信じられない、全部そんなに古くないのに」である。

室内装飾も変化がない。壁にかけられた絵画、サイドボードなどの上の装飾物、食堂のサイドボードの上には、私の母が贈った漆の皿(鶴が舞っている)が、25年は飾られたままである。

こんなに変化がなくて、飽きがこないのだろうか。季節の変化にあわせて、室内の模様替えをする気にならないのだろうか、と思うが、変化のないことも益がある。代母の目が悪くなり、はっきり見えないにせよ、何がどこにあるという記憶で、行動がとれる。

それにしても、毎朝・毎晩、鎧戸を開け閉めするのに、重く、固くなった回転軸、電動にしてくれればと思ってしまう。
手すりをつけて、歩きやすくしようという気持ちもないようだ。死ぬまで、変化はないのだろうか。

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