新社会人への期待

甥(弟の長男)がこの4月に社会人になる。なかなか就職が決まらず、心配していたのだが、どうにか決まったらしい。どんな会社なのか、また心配ではあるが、そこまで伯母が気にすることもあるまい。

早速、就職祝いを送った。現金である。本人を宛先にしていたが、弟からまずはお礼の電話があった。本人は、研修やら、就職前に旅行にいくやら、不在らしい。

本人からは手紙でお礼を言うように、と弟に告げる。それもお祝いをつれあいと私の名前でしているから、二人あてにするように、と注意しておく。そして、きちんと作法にのっとった文体で書くように、と念を押す。
というのは、成人したとき、お祝い(現金)を送ったのだが、その礼状がひどいものだった。便箋でもなく、ノートを破ったような紙に、鉛筆で、こちらの名前もなく、自分の名前も書いていない。
お年玉については、お礼の一言もない。

うるさい伯母さんと言われないため、住んでいる場所も遠いから、黙っていたけれど、今度は社会人になるところだ。この1年、あるいは2年間、就職活動をしているはずだ。就職活動はどんなことをアピールしたか、全くわからないが、少なくとも、一般常識はもっているふりだけでもしたのではないだろうか。

私は大学卒業時にきちんと就職せず、中途で仕事をみつけたので、いまどきの就職試験などはわからない。試験官はどういうところをみるのだろう。常識があるかどうか、それもみられるのだろうか。

弟は、本人らしさで書くだろうと言う。「本人らしさ」というのがどんなことか、わからないが、もし、以前のような手紙が本人らしいのなら、とんでもない。私にしてみれば、就職祝いという節目のお祝いに対する礼状については、きちんとしたものを書いてほしい。

どうも弟はそのことを息子にきちんと言えないのではないかと思う。甘い親である。とはいいつつ、私も本人に直接厳しいことを言えないでいる。
甥にだけでなく、今の若い人たちに、こわいおばさんと言われるのがこわくてならないのだ。

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