ギリシャ国民の怒り

ギリシャは救われた!!と言えるのか、現地時間の真夜中をちょっとすぎたころ、ようやく緊縮財政案が国会を通過したとか。これで第一関門を突破することができた。しかし、国会前では、10万人にものぼるデモ隊が、騒乱をおこしていたようだ。

国会を通った緊縮案とは、公務員を1万5000人削減する、最低給料を22%カットで14カ月間、586ユーロになるといったものらしい。以前の緊縮案では、年金も月額1200ユーロをこえる人にたいしては20%カットとか、1000ユーロになるといった(このへんは確かではない)、年金受給者に対しても犠牲を要求していた。

国民が憤るのもわかる。が、他に方法があるのだろうか。国民の言い分は、こんな状況に陥ったのは、自分たちのせいではなく、政治家たちのせいだという。しかし、それらの政治家を選んできたのは、国民なのだということを忘れるわけにはいかないだろう。

もう記憶の底に沈んでしまったけれど、ギリシャというのは、暗い国だったことがある。軍の圧政で、「旅芸人の記録」でも伺い知れるような、密告や弾圧の暗い、暗い国だった。軍政から民政へと移り、いつの間にか、EUにも加盟を果たし、ギリシャ国民の考え方もすっかり変わったようにみえる。

不動産税が新しく課税されるようになり、それが電気代とパッケージになっているので、払わないと電気がストップするというので、納税がスムーズにされている、といったニュースもみた。
国民は、新税に文句たらたらだけれど、これまで不動産税が徴収されていなかったという事実、ふつうは払うべきものなのに、払わなくてすんでいたという事実を、ありがたいと思わないのだろうか。

政治家の失政というのは、もちろん糾弾されてしかるべきだけれど、この緊縮案を通し、それをもって、銀行に国債償還をカットしてもらい、それからEUの資金援助を仰ぐというこの時、銀行にもEUにも、本来なら必要ではないはずの犠牲を強いているということを認識すべきなのではないだろうか。

翻って、日本はどうなるのだろう。ギリシャはEUという団体に属し、EU加盟国が救う努力をしてくれるが、日本がデフォルトに陥るようなことになったら、どこの国が救ってくれるのだろう。ある評論家は、日本がデフォルトになることもないし、もし、日本のような大国がデフォルトになると、影響がすごいので、ならないように各国が配慮してくれますよ、なんて言っていたが、そんなに呑気なことでいいのだろうか、と思う。

今のギリシャのような、耐えがたいドラスティックな緊縮を要求されるより、できれば、今のうちに、消費税があがっても、国の借金が少しでも減っていくほうがいい。犠牲が要求されるのなら、小さい犠牲ですませたい。
紙クズになると覚悟の上で、国債も個人向けを買って、少しでも、外国投機筋の謀略にさらされないようにすべきか、いろいろ考える。

年をとってきて、借金がこわくてならない。それが国の借金にしても。ギリシャの二の舞はご免こうむる。

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