もう一枚の毛皮のコート

昨日書いた白ミンクのほかにもう一枚毛皮のコートを持っていることに気付いた。それもロングのコートである。色は濃い茶、なんの毛皮なのか知らない。

これは40年以上前、初めての海外旅行で買ったものだ。場所はスペインのバルセロナ、値段は100ドル。これだけは覚えている。バルセロナの高台にある毛皮屋さんだった。どうして、そんなところへ行き、どうして買うことになったのか、詳細は記憶にない。

その時、変な商売っ気を出したのは覚えている。日本では毛皮は高価で、ロングのコートなど、めずらしいに違いない、持ち帰って高く売り、旅行の費用を出そう、そんな計算をしたのだろう。浅はかな考えであった。ロングのコートが日本の気候や生活環境にあわないことなど、気付きもしなかったのだ。需要がないから供給もない、そんな簡単なことに気付かない愚か者であった。

今の100ドルとは違う。当時は1ドル360円の固定相場で、海外旅行の時は、1000ドルまでしか枠がなかった。親や親せきから借金して作った旅行資金、その中から100ドルを使うというのは、相当の決心だったが、清水の舞台から飛び降りる心境だったかもしれないし、猪突猛進てきな心理状態だったかもしれない。

この毛皮のコートをもって、それからスペインを旅行してまわり、パリへは9月に戻った。それからアルバイトをみつけてクリスマスまでの3カ月をすごしたが、後半、この毛皮コートは大変役に立ったのである。
夏の8月に日本を出て、お金のある限り続けるという貧乏旅行、9月の時点で、残金はあまりなかったが、さいわい、日本企業でアルバイトとして雇われ、日給50フランをいただけた。

住まいは、オデオン座(国立劇場)の近くにあるフランソワ・プリミエ(フランソワ1世)という名前は格式高いが、星1つの安ホテルだった。水しか出ない洗面台があるだけの、シングルルーム、1日10フランだった。安ホテルで、寝具は薄い毛布だけ。9月はまだそれですんだが、10月、11月となって、寒くなってきてもなかなか暖房がはいらない。
考えたのが、ロングのコートを上掛けで使うことである。これはとても暖かかった。これで暖房がはいるまでの間をしのいだのだ。

それに外出時にはまた役に立った。夏の服だけで来て、残留をしているので、暖かい服装がない。最低限を買ったりしたが、パリの秋・冬はコートは必需品だった。友達とオペラを見たり、音楽会に行くなど、なんでもみてやろう精神で、よく出かけていた。フランスはファッションが自由だから、若い女の子がロングの毛皮コートを着ていていも、別にじろじろ見られることもない。地下鉄代も倹約して、右岸から左岸へと歩いて帰る時、セーヌ川の川風も毛皮コートで耐えられた。

しかし、安い毛皮のコートだけのことはある。布団かわりに使うのはいいのだが、裏地がすべりがいいので、よくベッドから落ちる。半分眠ったまま、寒さを覚えて引き上げるのだが、毛皮がちぎれるのだ。
また、後ろにはスリットが入っているのだが、地下鉄などで座ると、無理に位置を変えたりすると、びりっと破れてしまう。ロングのコートを着こなすには、それなりの挙措も学ぶ必要があった。

粗悪品、欠陥品だわ、と思っても、バルセロナまで修理にもっていくわけにもいかない、そのまま私と同行することになる。スーツケースにはいったまま、パリのあとはイギリス、スイス、ギリシャ、タイと旅行を続けながら、日本まで持ち帰った。

日本でももちろん売れはしない。毛皮屋さんの知り合いもないし、持ち込む勇気もない。使いもしない。押し入れの奥にしまいこんでいた。しかし棄てる気持ちにはなれない。

パリの寒さをしのげたので、寒冷地にセカンドハウスを建てた時、何かの役にたつだろうと、そこの押し入れにぶっこんだ。敷物に使おうとすると、袖が邪魔だし、ソファーのカバーにも使えない。たまに極寒のとき、車のバッテリーがあがらないよう、エンジン部分の上あたりにかぶせたりしていた。

2011年3月11日、大震災のあと、避難所にいる方々の様子をみると、床に何の敷物もなく、座っている方もいらっしゃる。せめて役にたてるのでは、と送るものにいれてみるが、こういうものは受け付けられないという。
そうかもしれない。一人に役立つものではだめだろう。毛布など、汎用性の高いものが喜ばれる。

結局、このコートは相変わらず、押し入れの奥にしまったままである。ある日、浅間が冬の間に噴火し、夜の寒い中、夜営でもすることになれば、使えるかもしれない、などと、考えると、処分するにはいたらない。

40年前の100ドル、当時を思い出すよすがになっていることを考えれば、実用にならなかったけれど、白の毛皮コートとは別の意味で、役に立ったと思おうとしている。

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