毛皮のコート

今日はあまりに寒いので、毛皮のコートで出かけた。白ミンクのハーフ丈のコートは、30年ほど前、ギリシャを旅行したときに買ったものである。
ギリシャ北部にコザニという町がある。ここにギリシャ人の友人夫婦がいて、ぜひ遊びに来てほしいと誘われた。ある年、ギリシャ行きを計画し、コザニまで足をのばしたのである。

小さなアパートに娘二人と暮らしている夫妻は、豊かではないが、堅実な生活をしているふうだった。彼らはフランス語を少し話せたので、どうにか意思の疎通はできた。共稼ぎだったが、二人とも仕事を休んで、私を接待してくれた。そして、有名な崖の上にある修道院へと案内してくれた。
その途中に毛皮の製造・販売をしているところがあった。話の種によってみよう、と寄ったのが運のつきだった。

平日のことで、客はあまりいず、お試しくださいと、店員も親切、友人夫妻も勧める。毛皮といえば、あこがれの品である。悪いことに(本当は好都合だったのだが)、最初の本が出版されたばかりで、印税が少し入金されていた。その印税で買うか、とその金額にあいそうなものをピックアップした。
センスのある人なら、黒の毛皮を選ぶところだが、目立つことが好きだった私は、白を選んでしまった。今になって、白は襟元が汚れる(黄変する)など、経年変化が目立つから、よくないということがわかったけれど。

その後、東京の生活では、あまり毛皮というのはいらないということがよくわかった。公共の交通機関を使う場合、毛皮を着ていると、かさばるし、暑い。ほとんど着る機会もなかった。夜の外出の場合だけ、一度帰宅して、毛皮を着て出かけるといった状態だった。夏の間は場所をとるし、買うんじゃなかったと思うこともしばしばだった。
しかし、断捨離はまだはやっていないし、ある程度の金額を出費したのだから、簡単に処分はできない。邪魔にされながら、一応冬になると、洋服ダンスにつるされていた。

どうにか着始めたのは、マルセイユで生活するようになってからである。プロヴァンスは暖かいとはいえ、やはり冬場は寒い。とくにミストラルが吹けば、寒さも一段と厳しくなる。そして夜の外出が多かった。出番は増えた。

そして今、寒冷地に住んでいる。冬の寒さは相当のものだ。本当は軽いダウンのコートがほしい。しかし、この毛皮のコート以外にも、昔からのウールのオーバーコートが数枚ある。どれも頂き物だ。やっぱり処分できないでいる。ほとんど着ない。というのは、一度でも袖を通すと、クリーニングに出さなければならない。オーバーの料金は1枚2000円する。それにカシミアなどは、湿気を嫌うから、雪の日などには着られない。タンスにつるされたまま、シーズンオーヴァーとなる。かといって、新たにダウンのコートを買うのもモッタイナイ。

ある時、この寒さには毛皮のコートが使えると考えた。茶箱のなかにしまったままだったのを持ち出した。具合がいい。一時期、毛皮のアレルギーみたいになったけれど、寒さが厳しすぎるのか、それが出ない。着ていて、気持ちがいい。重量があるけれど、本当に寒いときには、重いとも感じない。それに、外国製だからなのか、サイズがゆったりで(一サイズ大きいのを買ったのかも)、中に着こんでも大丈夫。運転の時なども楽だ。

無駄だったかもしれないが、こうしてみると、無駄ではなかった。年齢を問わず(無視して)着ることができるし、30年たっても、流行遅れでもない。ようやくTPOを得たのかも、と思っている。

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