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2011年総決算

2011年12月31日、今年もやり残しばかりの年になったわね、とつれあいと反省している。つれあいは、中国語の勉強を始めたが、2、3カ月で挫折したようだ。

私は、昨年の12月25日、2011年のテーマとして、シューベルトの「鱒」をヴァイオリン、チェロとピアノの3重
奏で弾こうと約束、5重奏の曲なのに、3重奏の楽譜を求めて、銀座のカワイでようやく見つけた。
それなのに、ほとんど練習をすることなく、掛け声だけで終わってしまった。1年ぶりに会ったヴァイオリン担当の友人は、いつ合奏するのかと、聞いてくる。彼女はちゃんと練習したらしい。「悪い、来年のテーマに持ち越し」と1年延期とした。

今年にはやろうと思ってやれなかったことに、北側の土地を造園することがある。昨年の冬に、家に隣接する土地を購入。雑木と雑草の土地だから、楓やレンゲツツジなどを植えて、彩をつけようと思っていた。なにも手付かずで終わってしまった。

それでは、何をしたか、考えてみよう、とつれあいと話すが、達成したものが何もない。3月11日以来、なにか華やかなことは気持ちが向かなくなってきた。旅行や食事会も控えてしまった。災害の被害者を考えると、普通にしていることだけで、もう十分という気持ちになったのだ。

一つ、大きな成果がある。それは読書量だ。出かけることを控え、自宅にいた分、読書はよくした。例年だと、年間100冊、3万5000ページというのが平均的な量だが、今年は144冊、4万6000ページを超えている。
つれあいは、私の読書を、読書ではない、字をながめているだけだ、と評するが、たまにはちゃんと読みこんだ本もある。

現在も、村の図書室、高校の図書室、隣町である軽井沢の図書館、そして群馬県立図書館から、それぞれ目一杯借りてきている。それぞれの図書館ごとに積み上げて、まるで移動図書館みたいと、悦に入っている。

現役を引退すると、これはという具体的な目標がたたなくなる。それでも、今年を反省しての、来年の目標は:
2回以上の外国旅行(1回は今年行かなかった分)、野菜作り、北側の庭をどうにかする、母の遺した生地類で何か作品を作る(10年タンスに眠ったまま)。
つれあいの一言:「まあ、がんばってください」

やっぱり納得いかないジェロニモ作戦

今年の世界トップニュースは、ビン・ラディン殺害でした。最後になって、金正日死亡もありましたが、すでに、締め切りを終わったあとの出来事で、入ってもトップにはならなかったでしょう。

昨日(12月29日)、NHKのBSで、2部にわけて、ビン・ラディン殺害のドキュメンタリーを放送していました。真剣にみたわけではありませんから、詳細に承知できませんでした。

作戦の執行にあたって関係者の、また作戦実行に携わった特殊部隊のリーダーの回想、最高決定者であるオバマ大統領のメッセージなど、再現されていました。

その番組に先だって、2001年9月11日のテロについても、ドキュメンタリーが放送されました。9.11の報復としてビン・ラディン殺害が行われたわけですから、この二つを同時に放送するのは、いいことかもしれません。

9.11の事件のとき、なんてひどいことをするテロ組織だろうと、怒りを覚えたことを思い出しました。テロということの恐ろしさ、これは国と国の戦争や、内戦といった戦争と違い、組織自体もはっきりせず、どこで、どうやってテロが発生するかもわからない、不確定要素だらけの行動です。

ブッシュ大統領は、「アメリカに対する戦争行為」と断定し、「テロとの戦い」を宣言しました。その結果がイラクへの攻撃、そしてアフガニスタンでのタリバン排斥へと続きました。そして今年は、テロの首謀者と思われるビン・ラディンの殺害へと進んだわけです。

アメリカは、正義の塊なのでしょうか。アメリカが攻められたら、どんなことをしても反撃していいものでしょうか。これはまるで、第二次大戦で、戦争終結を早めるためにという名目で、原子爆弾を使ったことを同じ理屈のような気がします。
他国の領土を侵犯し、無辜の人々を殺害しても、正義を行うことが許されるのでしょうか。裁判もしないで、人を殺すというのは、テロとどう違うのでしょう。

5000人という9・11の死者を考えると、ジェロニモ作戦に理があるように思ったりしますが、その後の死者の数は、5000人ではききません。それだけの犠牲を払っても行うべきことだったのか、昨日のテレビ番組をみながら、また考えさせられました。

高年齢者雇用安定法

年金の支給開始年齢を引き上げるのにあわせ、定年あるいは、定年後にも働きたい人たちへの職場確保のため、企業に義務づけるための方針が決まったようだ。
現行の法律は、労使協定で基準を決めれば、対象者を限定でき、健康状態が悪かったり、働く意欲がみられなかったり、評価の低い人は、企業が避けることができたという。

こういう制度をみていると、いつもフランスの1982年を思い出す。社会党のミッテランが大統領に選ばれ、かれらの選挙綱領を実現させていった。それまで65歳定年制度だったのを、若者への雇用促進をはかるというので、60歳定年(年金受給可能)にしたのだ。
それによって、当座は若者の就職が少しは促進されたけれど、景気がよくなったわけではないので、いつしか、年金給付が増えていくだけになったようだ。

あれから30年を経て、現在、定年は延長され、また65歳に戻っているようだ。結局、年金を受給するための納付期間を42年と延長して、年金財政の健全化をはかっている。

日本では、公務員の共済年金、一般会社員の厚生年金、そして自由業や自営業者、農業、商業などの国民年金と3つの制度があるのが、とても特殊な国であるように言われている。
しかし、フランスも同様に、民間企業給与所得者用、公務員用、非給与所得者用と3つの制度があり、その中で、やっぱり公務員用が厚遇されている。特に、国営企業(現在もそうであるかどうか、ちょっとわからないが)のSNCF(フランス国鉄)や、EDF(フランス電力)、GDF(ガス公社)などは、定年も早く、年金額もよく、早々と優雅な引退生活が送れるという話であった。

50歳前に職場を離れてしまったが、その職場の定年は65歳であった。65歳になったとき、職場を離れていなければ、この年まで働いていたのか、と思ったが、体力・知力・気力、などの面で可能であったかどうか、疑問に感じた。

年金受給との関連からいえば、働き続けることは必要だが、働き続けられる人ばかりかどうか、それはわからない。病気がちな人もでてくるだろう。職場での存在が、老害と思われる人もでてくるかもしれない。

雇用の場を広げる、つまりは経済を活発化することがまずは必要だろうが、現況、あるいは将来的に可能かどうか、不確実である。
甥は、就職浪人となりそうだ。高齢者の職場確保も大変だが、若者の苦労も続く。

暗い話題

1昨日、旧友たちとの集まりがありました。もうずいぶん長く続いた集まりです。最初からのメンバーもいますが、昨年から参加してくださっている方もあります。
年齢は40代から70代まで、幅があります。職業もいろいろです。

完全に退職した人もいれば、定年退職後、これまで積み上げてきたものを役立てて、第二の職についている人、まだまだ現役でがんばっている人たちももちろんいます。
今回は、目立って病気経験者が増えました。だから、会の最初に、病気の話はしないこと、と釘をさしました。が、1年ぶりに会う人もいるので、変化にびっくりして、体調を問うこともあります。

話題が変わったことは事実です。内容がだんだん暗くなってきました。本人の病気、親の介護、子どもの進学やら就職、現在の社会問題が反映されています。
以前は、もっとダイナミックで、話したがりがいました。会の最初から最後まで、話の主導権を握って、他の人が発言できない状態にある、なんていうのはしょっちゅうで、またいろんな人が、自分の話をしたがって、うるさいけれど、刺激的でした。

職業の多様さもそれに輪をかけていました。公務員、スッチー、大学教授、英語の先生(ネイティヴスピーカー)、外国機関で働く人、銀行員、テレビ局勤務、ブティック経営者、青年実業家(今や中年ですが)、など、各自が貪欲に他業種の情報を得ることもできました。

考えてみました。どうして、活発な会話にならないのか、それは、年齢とともに、他への関心が失せてきていること、自分が一番大事になってきているのでしょう。また関心を寄せて、いろいろ話を聞いても、インプットできず、そのまま流れていきます。インプットしても、アウトプットする場が得られない場合もあるでしょう。

それにだんだん、人を傷つけることがこわくなってきたのもあります。たとえば、(元)公務員の人に、天下りの現状、原子力の分野で働いている人に、福島原発の事故のこと、(元)スッチーにLCCとナショナル・フラッグとの比較、こういった話題は、ちょっと避けてしまい、当たり障りのない話題で終始してしまいました。
3年前には、アメリカ大統領にオバマ氏が選ばれたことを、初の黒人大統領と、熱っぽく語り合った大学教授に、期待はずれだったわね、とは言えないままでした。

反省です。次回、会う時には、ポジティヴかつちょっと攻撃的に話題を作ることにしましょう。政治でも経済でも、その道に詳しいメンバーがいるのですから、個人の話から、もう少し広げて、民主党はなぜマニフェストを実現できないのか、とか、浜矩子教授のEU論をどう思うかなど、聞きたいものです。
次回は、2012年2月を予定です。

皇居、北の丸公園を散歩する

風は強いけれど、青空が広がった今朝、1時間ほどの暇ができたので、ホテルを出て散歩しました。ホテルのすぐ前は皇居です。最初は皇居のまわりを歩く(ランニングは無理)つもりでしたが、ちょうど平川門で皇宮警察の方にあい、そこから入れることを聞きました。

入園にチェックがあるか、入園料がいるか、など、つれあいと話しながら、検問所を通ります。なにも必要ありません。ノーチェックなのね、と少し、心配になります。
長く東京にすんでいましたが、皇居の公園部分に入るのは初めてです。周囲のお堀は、薄氷がはっています。今朝は相当冷え込んだようです。

千代田城址ですから、石垣の立派なこと、手入れも行き届いているので、雑草もはえていないし、石の模様もよくみえて、本当にきれいです。石が大好きな私はほれぼれと見入りました。

樹木の手入れもきちんとされています。江戸城時代の配置もきちんと説明されていて、どこが本丸か、大奥かそんなこともよくわかります。松の廊下跡もありました。

一角に竹が集められたコーナーがありました。キンメイモウソウ、キッコウチク、ギンメイチク、キンメイチク、オウゴンチク、ホウライチク、スホウチク、ホウショウチク、ラッキョウヤダケ、コンシマダケ、シホウチク、カンザンチク、インヨウチク、と前半の竹の名前をみていると、ありがたいような、おめでたいような名前が連なっています。
竹にこんなに種類があり、変化があることにびっくりでした。

また別のところには、冬桜が咲いていたり、各県の木が植えられているところもあります。出身県である福岡県はクルメツツジ、現在住んでいる群馬県はクロマツでした。

冬の平日、午前中だったこともあるのでしょうが、人が少なく、我々二人の専用空間のようでした。各所にトイレもあって、首都直下地震のときの難民収容にはいいかもね、などと、宮内庁がきいたら、びっくりするようなことを話していました。
途中の小道では、ブラジルからの若い男性が一人で歩いており、スナップ写真のシャッターをきることを頼まれました。けっこう外国人の入園が多いようでした。

たった1時間の散歩でしたが、都会の中心にこんなに気持ちのいい場所があるなんて、いい発見でした。

今日がクリスマス

12月25日、今日がクリスマスですが、新聞・テレビはもう年末ムードで、クリスマスの雰囲気は一掃されてしまいました。
かく言う私も、イヴを終えて、一件落着とばかり、年末の買い物に出かけました。ついでに、なんていえば、怒られそうですが、今朝の早朝ミサをさぼって、昼ごろに教会に行きました。せめて、祭壇の前で、お祈りをしようと思ったのです。
ミサが行われていました。クリスマスの讃美歌がうたわれています。急いで、お御堂に入り、ごミサに与りました。

こうしてクリスマスの気持ちは味わえました。寒く、身がひきしまります。気持ちも引き締まります。

クリスマスは冬のもの、というのは、私たち、日本人にとっては常識です。でも熱帯にいけば、12月でも夏です。
コンゴでのクリスマスは、Tシャツで迎えました。とても奇妙な印象でした。それでいて、クリスマスデコレーション(街中ではなく、ホテル内)は、サンタクロースやトナカイなど、冬模様のものです。

12月24日の夜、日本人のシスターからお誘いをうけ、近くの教会の深夜ミサに出かけました。深夜といっても9時ごろから始まります。せいぜい1時間だろうから、10時ごろに迎えにきてくれるよう、送ってくれたつれあいに頼みました。つれあいは未信者で、教会を敬遠しています。

何という教会だったのか、名前を忘れてしまいましたが、とても大きな教会でした。どこから、こんなに人が集まるのかと思うほど、大勢の人たちが続々とつめかけます。私はシスターたちとともに、早目に到着したので、いいお席を得ることができました。いいのかどうか、わからないのですが、そう思っていました。

9時からだと聞いていたのですが、なかなか始まりません。初めはアフリカでのクリスマスというので、興味深々で、きょろきょろ見回し、全てを記憶していこうと思っていたのですが、ちっとも始まらないミサにだんだん怒りを感じてきました。

「もうじきですよ」とシスターがなだめてくださいます。そのうち、なんだか音楽が始まります。女の子たちが、そろいの白いドレスで、歌い、踊り始めました。名誉なことらしく、誇り高く歌っています。

10年以上たって、ミサの中身は全部忘れ、女の子たちの歌だけが記憶に残っています。それと帰りの大変だったことです。ミサは結局12時近くまでかかりました。なんでそんなに時間がかかるのかわからないのですが、現地の人にとって、クリスマスミサは、最大のお祭りなので、簡単にすませられないらしいのです。

大勢の人が一挙に外にでて、迎えの車や人探しやら、混乱しています。そんな中、どうやって、つれあいの車をみつけたのか、大変だったことだけ覚えています。歩けば40分はかかるでしょう。街灯もなく、真っ暗なところ、歩いて帰る人もいますが、懐中電灯なんか、持っている人はいません。

つれあいを見つけた時、本当にほっとしました。シスターたちをお送りして、自宅に戻ったときは12時過ぎでした。どうにか夜の冷気とまではいかないにせよ、昼の熱さが鎮まっていました。この日は、クリスマスだからでしょうか、隣国の首都ブラザビルでも、戦闘は中止しているらしく、バンバンという撃ち合いの音も聞こえません。
久しぶりにゆっくりした気分で眠ることができました。

そんなクリスマスを思い出しています。

クリスマス・イヴ

12月24日、クリスマス・イヴ、ミサにも行かず、静かにわが家で過ごしている。山の中のわが家は、テレビやラジオをつけなければ、ほんとうにsilent nightだ。

カトリック教徒としては、24日の深夜ミサに行かないのは、なんだか罪をおかしているような気がしてならないのだが、夜の運転はこわい。一番近い軽井沢の教会でも、車で45分、峠越えもあるし、道が凍っている可能性がある。

つれあいを残して、一人で出かけるのもはばかられる。なにしろ病後の人だから。というのも口実かもしれないが。

これまで、深夜ミサに出かけたなかで、一番、印象にのこるのは、南仏のSainte Baumeという山岳地帯にある洞窟でのミサである。
日本では深夜ミサといっても、ほとんどが夜の7時くらいに始まるが、フランスでは夜の11時くらいに始まり、深夜に終わるというのが普通だった。

サント・ボームの洞窟は、山の中腹(上部)にあって、最初に登った時は、相当高く感じた。洞窟のなかにお御堂が設けられており、その中でミサが行われる。
この洞窟があがめられるのは、マグダラのマリアが余生を送ったところという伝説があるからだ。マグダラのマリアという女性は、キリストが十字架にかけられて死亡したのち、埋葬されたが、3日目に復活した、その復活したキリストを最初に見た人物なのだ。キリスト教ではキリストの生母マリアに次ぐ重要な女性といってもいい。

そんな女性がその命を終えた場所だから、ありがたさは計り知れない。深夜ミサに誘われたものの、住んでいるマルセイユからは遠いし、狭い山道のドライブがある。昼中のドライブでも道の狭さにどきどきする時があるのに、深夜にわたってドライブするなんて、とひるんでいた。
友達夫婦が同行してくれることになった。運転しないですむなら、夜の外出も平気だ。しっかり防寒具を身につけて出かけた。

マルセイユから2時間弱、駐車場といったきちんとした場所はないが、適当に木々の間の空き地にとめていく。参道には、ろうそくが灯されている。人の動きにも揺れる灯は、暖かい雰囲気を醸し出している。ろうそくに励まされて、夜の山道なのに、そんなに長く感じない。

洞窟にはもう人がいっぱいだ。友達が電話をしておいてくれたので、外国人枠でもないが、前の席を準備していただいていた。ミサ自体は、キリスト生誕をお祝いするもので、どの教会でも共通している。馬小屋に赤ちゃんのキリストをあらためておいて、聖体拝受もあって、ミサは終わる。

洞窟のそばにある修道会の建物で、ミサのあと、南仏特有の13デザートといわれる、13種類のデザートとvin chaud(ホットワイン)をいただく。
自宅に帰りついたのは4時近かった。つれあいはゴーゴーといびきをかいて寝ている。めずらしい場所でのごミサに与り、興奮してなかなか眠れなかった。

マグダラのマリア(フランス語ではマリー・マドレーヌ)は私の洗礼名でもある。

北朝鮮、後継者問題

北朝鮮では、亡き金正日の3男金正恩が後継者として決まっているが、その正嫡性をうんぬんする声がでてきているようだ。
金正日氏には、4人の女性がいたとか。成恵琳(ソン ヘリム)、金英淑(キム ヨンスク)、高英姫(コ ヨンヒ)、そして金玉(キム・オク)で、正式に結婚したのは2番目のキム・ヨンスク。正恩氏の母、コ・ヨンヒはいわば愛人である。

今、韓流ドラマ、それも時代劇にはまっているのだが、正嫡性はとても重要なようだ。王妃とそうではない側室から生まれた子どもの扱いは違うようなのだ。中国からセジャというのか王子として認められるかどうか、そこが重要らしい。

今回、中国はすんなり正恩氏を後継者として認めているが、国内的にこれから問題になりそうなのが、母親の出自だという。母高英姫は、在日出身で、これは母親の血として階級が低いのだそうだ。4段階あるうちの3段階目とか。

特に、金日成から金正日へと、白頭山抗日血統が続いて、3代目の母が在日では、血統の尊さが失せてしまうらしい。
それに長男でないのも、どうなのだろうか。長幼の順は、韓国では大切なことらしいが、北朝鮮ではどうなっているのだろう。長男金正男とは母が違うが、2歳上には、金正哲がいる。

正嫡性の問題は、王室などでは重大で、正式な夫人から生まれた嫡子のみに後継の権利が生じている。
公式の夫人からは女児のみが生まれたのだそうだ。

朝鮮総連には緘口令が出ているらしいが、日本でこんなに話題になっていることを、北朝鮮で秘密にしてられるものだろうか、そうとすれば、本当にこわい国である。



あきれはてた民主党

私は民主党のマニフェストを入手しなかったし、目を通してもいない。しかし、「コンクリートより人へ」といった標語があったことは知っている。自民党時代の、公共工事による景気刺激といったことより、人間生活の本質をもとめていくようで、賛同していた。その政策の一つ、無用なダム工事の中止というのの代表例が、群馬県の八ツ場ダムであり、この工事を中止する、と民主党最初の国交大臣前原氏が宣言したとき、「よしよし」と思った。

なぜなら、ダムの上流にあたる地域に住んでいる人間として、はたして、このダムが役に立つのか、常々疑問におもっていたからである。ダムの工事を中止するといっても、本体工事はまだ先のことだったが、周辺地域の整備工事は道半ばであった。

だから吾妻渓谷がダムに沈まないにせよ、その上部に作られていたバイパスの工事は続行し、つい先日(12月20日)、バイパスの延長部分が通行可能となっている。また吾妻線の工事も並行して行われているようだ。

住民、特に川原湯温泉地区の人々は、最初はダム建設絶対反対であったのが、結局、ダム建設派に押し切られ、容認することになり、そしてダム建設に伴う移転を始めたころに、民主党政権がダム建設中止として、じゃあ、どうすりゃいいの、という状態になった。

ダム建設の話がもちあがった50年やら60年前、反対した人たちの論拠は何なのだろう。完全に納得したのだろうか。吾妻川の流域を週に数回、車で通るので、この川にダムをつくる理由がみつからないのだが、利根川の治水のため、というのがまたわからない。

ダムが完成するまでまだ10年はかかりそうだ。それから数十年、きっと私は生きていないだろうが、このダムがいかに無用だったか、証明できそうな気がする。そのとき、この決断をした国交大臣は、責任をとったりしないだろう。

子ども手当に沖縄基地問題、高速道路無料化、ガソリン税、議員定数削減、公務員給与のカット、民主党に期待したことは、何一つ実行されないままだ。農家の個別補償などは、O議員の力でなされたらしい。
議員定数や公務員給与カットなど、国会を延長すればできるかもしれないのに、参議院が与野党逆転では、できっこないから、とやりもしないで、国会を閉会にしている。
ゴルフでも、ショートすれば絶対はいらないけれど、オーヴァーなら入る可能性を残しているというではないか。トライしなければ、なせることもできない。

その時点で、もう民主党に匙を投げるというのか、見放した状態だったが、もう完全に後ろ向き状態だ。といって、後ろを向いても、何もないのが悲しい現状だけど。

CMの効用

毎日の通勤がないと、けっこうテレビをみる時間が長い。朝はNHKのニュース、BSの外電、民放の報道番組を8時半くらいまではみている。昼はやはりNHKニュース、BS,民放で1時まで、夕方は5時から寝るまでの時間、何かしらみている。

民放での繰り返し放送されるCMがうるさくて仕方ない。しかし、ある時、けっこう需要を喚起していることに気付いた。若い時は、なんだと思っていた広告、たとえば瀕尿や頭髪のこと、などは、ある年齢になると、必要な情報源になっている。頻度が多すぎてうるさいと思うのは
1)保険、いいないいな の番号の保険は回数が多すぎる。広告代を保険料引き下げに使ってほしい。
2)男性の植毛、社長の出現は興ざめ、和田あき子が出なくなってよかった

その昔は消費者金融がひっきりなしに広告していたものが、現在は消えてしまった。そしてそのかわりではないが、過払い問題を扱う弁護士事務所の広告がいくつもあったけれど、このごろは少なくなってきた。これはこの問題がほとんど解決したということなのだろうか。

いつも見て楽しいのはドコモである。犬のおとうさんは大好きだ。ときどき意味不明の広告もある。外為オンラインなど、しゃれているのだが、それと外為オンラインのPRと関連がわからない。
東電の広告がなくなったのは当然だが、わりと好感のもてるものだっただけに残念だ。

フランスで、テレビのCMタイムだけ音量が大きくなるというのが問題視されていたが、日本でも同様ではないだろうか。そしてどの局もそうだが、民放のCMの入れ方のひどいこと、長いCMが終わって番組に戻ったと思うと、一瞬にして再度CMになっている。そして番組宣伝の多さ、CMが入らないのだろうが、うんざりする。NHKにしてもそうだ。

このごろ、つい注目するのは、内脂肪を燃やすとか、女性の薄毛のこと、商品名をついインプットしてしまう。やっぱりCMの効用はあるんだな、と思っている。

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