テロの恐怖(2)

今日はビンラディン殺害について、テレビも新聞も多くの時間とスペースを使っている。1957年生まれというから54歳での死亡である。

新聞の論調は、国際法上の問題をあげたものが多い。パキスタンという国で、アメリカの軍と諜報機関が、単独で行動したことは、いろいろ問題を含んでいる。

こういう事件が起きると、いろんな知識が増える。イスラム教の場合、死亡後24時間以内に葬らなければならない、ということも知った。日本であれば、死亡を確認するため、1夜は留め置かねばならないはずだ。イスラムの場合、その必要はないのだろうか。
もしかしたら、イスラムの発祥の地がアラビアで、気候が暑いので、腐敗をおそれてのことなのだろうか、と思う。

ビンラディンはアラビア海に水葬されたというが、イスラムでは土葬が主である。水葬にしたのは、もし土葬にした場合、その墓が聖地とされることを防ぐため、とか、どこの国に引き取ってもらうか、交渉する時間がなかった、とか、理由として挙げられている。

しかし、襲撃して、殺害。DNA鑑定で本人と確認する仕事、遺体をおそらく襲撃したヘリコプターで移送したのだろうか、内陸部のアボタバードから空母まで、ヘリコプターのままだったのだろうか、途中で飛行機に移し替えてのだろうか。空母がアラビア海まで、どのくらいの時間でいけたのだろう。

詳細がはっきりするまで、いろんな疑問がわいてくる。襲撃が夜中に行われているが、ヘリコプターの音は相当響くはずだ。空からの襲撃を予想していなかったのだろうか。

ビンラディンの遺体は、清められ、白い経帷子に包まれたのち、イスラム教の教義にのっとって式が行われ、水葬されたという。他の死者はどうなったのだろうか。

ビンラディンは透析を受けていたいうが、自宅で受けることは可能だったのだろうか。相当量の水を必要とするらしいが、パキスタンの内陸で、閉鎖的に生活して、それが可能だったのだろうか。

ビンラディンが9・11の首謀者であり、罪のない3000人以上を殺した罪人であるとしても、このような形の殺害は許されるのか、何か納得できない部分がある。

オバマ大統領は「正義はなされた」と言うが、「アメリカの正義」ではないのか。「血の正義」となってしまった。
報復が行われ、また罪なき人々が犠牲になるのだろう。

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