40年前の私

毎日、寝ても覚めても原発のことを考えている。原発が恋人みたいだ。それも性の悪い恋人だ。つきまとって離れない。

先日、ハーバード大学のサンデル教授の特別番組を見た。番組の最後に、2つの選択肢を出された。
1)リスクを最小化して、原子力発電を続ける
2)生活レベルが下がることを受け止めて、原発をやめる
という内容だった。

まだどちらにするのか、私一人が決めても大勢が決まるわけではないのだが、私なりに考えている。
福島第一原発の1号基が稼働し始めたのは40年前という。原子力以前に戻るということは、40年前へ戻ってみることだ。

もっと前になるけれど、昔、我が家では掃除は1日2回していた。朝、みんなが出かけると、母なり叔母なり、家に残っている女が、はたきをかけ、箒で部屋をはいていた。朝の掃除は丁寧で、雑巾がけもしていた。そして夕方、夕食の支度にとりかかる前に、もう一度箒ではいていた。

雑巾もたくさん種類があって、仏壇をふくのは新品の布で、床の間は雑巾の新しいもの、3-4種類はあった。祖母が古いタオルや日本布巾などを、丹念に縫っていた。

箒で掃除は、ほこりを動かすだけ、健康によくないといわれてクリーナーにかわり、雑巾を最後にきれいに洗うのは結構大変な仕事で、洗わなくてほこりをとってくれる化学薬品をしみこませた雑巾や、使い捨てのペーパー雑巾にとってかわった。

はいつくばって、雑巾がけをしなくていい生活、女にとってはうれしい進歩だ。今、また箒を使って掃除をしているが、クリーナーを出したり仕舞ったりが面倒だし、音をうるさく感じたり、カーペットやフローリング、畳で、用途をかえるのが面倒だったり、重かったり、不都合を感じるようになったのだ。

電気代も上がるという。原子力より、火力・水力・風力などが高いらしい。となれば、火力などの費用だけ負担すればいいのだろうか。この原発事故の経費は、利用者からの負担はなくてすむのだろうか。東電社員のこれまでの給与を返上して、負担してくれるのだろうか。そんなことは不可能だ。

利用者としての感想:原発によって、電気代は以前よりすごく安くなったというが、それだけ使用量を増やさせられた(オール電化とか、やたら電気利用の品が増えた)から、家計のなかの電気代が減ったという感じがしない。

もう一度、40年前の生活を思い出して、原子力発電を続行かやめるか、決めなければならない段階にきたとき、対応できるようにしておこう。40年前のない若いひとたちはよすががなくてお気の毒だけど。

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