常に不安な状態

日本では東日本大震災が起きてほぼ1カ月がすぎた。当初ニュースは100%大震災がらみだったが、このごろは90%ほどになったようだ。

我々の関心は、ほとんどが大震災だから、それはそれでいいのだが、世界では別の事件も起きている。リビアの内乱を筆頭とした中東の政治不安もそうだし、西アフリカのコート・ジボワールでの2人の大統領による内戦もひどい状態になっている。

昨日は、日本の大使公邸に現というのか、選挙で敗れたのに辞任しないバグボ大統領の配下の兵が侵入し、大使以下館員が15時間も閉じ込められたあと、フランスの軍隊によって救出された。フランス大使公邸も標的になっているらしい。

暗闇の中で取られたらしい、緊迫感あふれる大使救出の場面をみながら、10年以上前のアフリカ体験を思い出した。国は違うが、反乱軍が首都まで攻めのぼってきたのである。いつもは人がどこからきているの?と思うほど、往来のある道路なのに、その数日は、シーンとして静まりかえっていたように思う。

大統領府や役所のある、いわば日本の霞が関と高級住宅街がミックスしたような場所だった。その地に着いてから、数キロしか離れていない川の向こう側の隣国での内乱で、ドンパチの音は音楽とはいえないが、聞きなれた騒音の一つであった。

毎日、銃弾の音、停電・断水の可能性、とても暴力的なスコール、物資の欠乏となにかしらの不安材料に事欠かず、綱渡りの生活だった。安眠もできないが、寝ればどうにかなるような気分で就寝していたが、夜中に何かがおきれば、それは停電も伴っていたし、真っ暗闇のなか、情報もなく、右往左往したこともあった。

現在のコート・ジボワールのような状態になる前に、私は家族避難勧告に従って、その地を離れたし、つれあいもその1週間後、大使館閉鎖となって、隣国へ逃げ、ガボンを経て、東京へと戻った。

10年以上を経て、あの時の不安感は忘れられない。緊迫感や怖さというのは、現在、臨場感がないだけになくなっているが、形にならない不安感は胸の奥に残っている。

今、また、なにか起りそうな不安な毎日である。政府からも、当事者たちからも、メディアからも確たるものが得られず、自分でもどうしようもない事象に、どんよりした重い不安感がある。
10年前は逃げだせた。しかし、今回は自国のことである。耐えるしかない。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。