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故郷は雨の中

10日から5日間、帰省しました。帰省日から1週間前くらいの予報では、10日あたりまで雨だったのですが、その後は曇り程度だったので、安心していたのですが、だんだん、予報が変わってきました。予報ですから、気象条件が変われば、予報も変わってきます。

なるようになれ、とばかりに、傘だけは用意して帰省しました。10日は晴れているような、曇天のような、湿気まんまんの暑い日でした。涼しいところで生活しているので、その暑さのこたえたこと、空港を降りたとたん、踵を返して帰りたいという心境でした。

夜はホテルで、クーラーをつけたり消したり、忙しいこと、忙しいこと。高層階で、窓があかないので、外気はいれられないし、クーラーで温度調節をするしか仕方ないのです。眠ったような、眠れなかったような。

翌11日は、佐賀県へ行きましたが、途中、ワイパーを最速で回転させても間に合わないような雨量です。山間の道なので、普段から雨の多いところらしいのですが、普通はいやなトンネルがほっと息つく間になります。
でも、土砂降りになったり、小降りになったり、いろいろでしたが、小降りの時をねらって行動したので、どうにかすごせました。

12日も豪雨の予報だったのですが、肩透かしのように雨は降らずにすみました。でもそれは例外的で、熊本や大分では豪雨のまま、水害がいろんなところで発生していました。
その風景をみると、常に昭和28年の大水害の思いでがフラッシュバックします。当時の家は、もう残っていませんが、泥だらけになった家の無残なこと、そして、泥やヘドロ、なにか腐ったものの臭い、悪臭もあったことを思い出します。昭和28年は6月末でしたが、7月であれば、もっと暑いので、腐敗も早いのです。

夜中も相当降ったはずなのに、ホテルは気密性が高いので、雨音に気付かず、眠っていました。実家の姉は、雨音がひどく、いつ浸水が始まるかと心配で眠れなかったとか。ホテルのよさはこんなところにあります。

14日、福岡での会合に出席しましたが、電車の駅から会場まで、地下街を通って行けたので、ぬれることもありませんでした。傘もひらかずです。ところが、会場であった仲間たちは、飛行機が遅れたりで、とうとう会場へこれなかった人たちもいました。
その夜も相当降ったようでした。朝6時、時ならぬアナウンスで目が覚めました。駐車場が冠水しているので、駐車している方は、車を移動させてくださいというのです。

起きてみれば、空港への連絡バスは運行中止、JRも動いていません。とんだことになっていると、私鉄を乗りついで、空港へたどり着き、早目の便に乗り換えて、無事帰りつきました。
でも、電車の中からみた河川の増水状況や、冠水した田畑、ひどい状況でした。

帰りついてみるテレビのニュースで状況の深刻さをみると、よく帰りついたと安心すると同時に、あの状況を抜けてきた後ろめたさも感じてしまいます。
災害多発の去年と今年、どうしようもないのでしょうか。
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