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古書と古本

古書と古本というと、内容に違いがあるのだろうか。古本というと、汚らしい、棄てる寸前の本を想像し、古書というと、古いながら、少しは汚れているかもしれないが、価値ある書籍を考える。

独身のまま亡くなられた方の別荘が、わが家からそう遠くない区画にある。亡くなられた方は、学校の先生をなさっていた。専門が何かというのは知らないが、別荘には、「日本の民話」(未来社)全巻が残されていた。
別荘は、数年空き家のままだったが、去年の東日本大震災、福島原発事故のため、避難中の浪江町のあるご夫婦が住まれることになった。

遺品はほとんど処分されていたが、この全集は残っていたらしい。分量はあるし、ご夫婦はいらないとのこと、またお子さんたちも必要としないらしい。村に寄付できたら、ということで、村の図書室、高校の図書室に声をかけたけれど、この種の全集は場所をとるだけでなく、利用もあまりないので、折角ですがいりません、とあっさり断られた。

すばらしい本である。1974年出版で、ここにある全集はすでに3刷となっている。おそらく売れたのだろう。
日本国中の民話が集められている。いい話ばかりだ。これが利用されないのは勿体ない。
でも図書館などで、保管・展示の場所がないのも事実なのだ。

前橋にある本屋さんに出かけた。この本屋さんは、1階と2階は普通の本屋さんで、3階が古本を扱っている。「日本の民話」はすでに棚にあった。全集そろっていない。店員さんによると、けっこう人気があり、分冊で気に入った地方のものを買っていく人がいるという。

さあ、どうしよう。小学校の読み聞かせに利用もできるけれど、来年には小学校が併合され、読み聞かせにその後も通うかどうか、まだ決めていない。自分で読みたい気持ちもあるのだが、全集となると、それこそ場所もとるし、わが家に置くだけのスペースもない。

など、考えながら、古本の中から、復刻版の詩集をみつけた。野口雨情の「十五夜お月さん」(ほるぷ出版)である。本は買わないと、つれあいには言うけれど、野口雨情の詩に魅かれて買ってしまった。
以前には、大岡昇平の「俘虜記」をやはり全集のなかから分冊で買ってしまったことがある。

しかし、古本・古書というのは、このごろ出版されるものとちがって、字体が違ったり、雰囲気が異なるので、ついつい手にとることがない。まずは字が小さいこともある。
こうして、本はたまっていく。いつもいっそ全部を古本屋さんに引き取ってもらおうと言っているのに。

この家を建てた時には、ベランダで緑の風に身をゆだねながら、読書三昧の日々をおくる予定だったのだが、庭や畑に追われて、読書はどこへいったやらである。

ちなみに、わが著作は、古本の本棚にも見当たらない。
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